STORY 03.
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菅野 桃香
かんの ももか - 福島県出身、22歳。東北ユースオーケストラ三期生。東北ユースオーケストラではフルートを担当し、3月で卒業した東京音楽大学でもフルートを専攻。
4月からは演劇・舞台関連の仕事に就き、被災地での上演を目指して、新たなステージに挑戦する。
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菅野 桃香
Chapter 1
演劇・舞台の道でつくる、未来。
東日本大震災に端を発して生まれた「東北ユースオーケストラ」(以下、TYO)。TYOとしての活動は、単に演奏の場を提供するだけでなく、普段は会うことのないさまざまな人々との交流を通じて世界を知り、たくさんの仲間たちとともに経験していく「成長の場」であることが掲げられている。
「子どもたちの活力が、周囲の大人や地域全体、そして東北全体に活力を与え、あたらしい未来をつくりだすことを目指しています。(TYO webサイトより抜粋)」とある通り、現在在籍しているメンバーはもちろん、これまでTYOを卒業したメンバーも、その想いを胸に抱え各所で活躍を見せている。
今回お話を伺った菅野 桃香さんもこの3月で卒業を迎えたメンバーの1人。TYOと同様、仲間とともにひとつのステージを作り上げて多くの方に笑顔を届ける、演劇・舞台関連の道へと進む。
そんな新しい道への一歩を踏み出す直前の桃香さんに、震災とTYOでの経験や進路を決める上での想いを語っていただいた。
Chapter 2
自分の心に、被災地に、向き合い続ける。
震災から数えて10回目の春、彼女が進路を決める上で一番大事にしたことは、“震災への想い”だったと語る。「音楽大学で学んだので、これからもフルートを続けるとか、何らかの形で音楽に関わり続けていくことも考えたのですが、就職活動をする上での一番の軸は、震災からの復興に貢献したいという想いでした。言葉で言うのは簡単なんですけど、そのためには自分が何か行動を起こしたりとか、自分自身の言葉を発信していかないとと思っていて。そういう意味では、フルートや音楽を演奏することにこだわっているわけではなかったのかもしれません。」
被災地への貢献と、音楽。その2つが人生の軸にある彼女は、TYOへ入団したきっかけを、こう振り返る。「大学受験後に、たまたま東北ユースオーケストラの記事を見つけて、そこからTYOのことを調べてみると、(被災地の復興に向けて)私がやりたいことと合致していると思って入団をしました。」
彼女がTYOと出会ったのは必然なのかもしれない。
Chapter 3
震災の体験を伝える、覚悟。
桃香さんがTYOで過ごした中で、一番印象に残っているのが、初めて坂本龍一監督と会ったときのことだという。「初めてお会いしたのは、練習所のエレベーターでした。打楽器を運んでいるときにエレベーターが閉まりそうになってしまって、私が扉を押さえたら、監督も一緒に扉を押さえてくれていて。そこから目が合い、出身や年齢などの話の後、私の生い立ちや震災当時の体験をすごく親身になって聞いていただきました。TYOに入ったばかりで不安もあった中で、監督とコミュニケーションをとることができて、とても嬉しかったことを今でも覚えています。」
桃香さんは震災で甚大な被害を受けた福島県浪江町出身。避難のため、震災後に福島県いわき市に移り住んだ経緯がある。
TYOの活動を通して、震災の体験談を語る機会が増えたという桃香さん。そんな彼女が積極的に語るようになったのは、最初に話を聞いてくれた坂本監督との出会い、そして出身地が近い仲間たちが集まっていたことが大きかったに違いない。「TYOに入ってからは、震災のことを語ってほしい、教えてほしいという場をたくさんいただいたので、積極的に語るようになりました。涙を流して話を聞いてくれる子もいて、自分からすると逆に、一生懸命寄り添ってくれるその姿勢がありがたいとも思いますし、自分がやっていることは意味があるんだと感じました。この4年間で、震災を語り続ける覚悟ができたのは、一番の大きな変化だったかなと思います。」
Chapter 4
生きている日々に感謝して、進む。
TYOでの数年間、いろいろなことを体験し、心が成長できたのかもしれないと話してくれる桃香さん。現在の震災の記憶との向き合い方について、こう話してくれた。「昔は被災者と思われるのが嫌だから元気に見せて過ごすというのをモットーにしていました。ただ、普段は元気に過ごしていても、3.11近辺はどうしてもあの日の記憶が戻ってきてしまって、今年も黙とうのときは涙が止まりませんでした。基本的には元気に過ごしていけるんですが、ああ、この気持ちは今後20年30年と変わらないんだと思ったんです。だけど、それがだめなこととも思わないですし、毎年毎年震災に向き合う時間を作っていくことも大切にしていきたいです。」
震災の記憶、自分の心と向き合うこと。正解のない問いに対して、更にこう続けた。「今、当たり前の日々を過ごせていることがとても幸せだと感じています。もう卒業しましたけど、音楽を続けていることだったり、友達とおはようとか挨拶できることだったり、1つ1つが当たり前ではないと思っていて、生きている一瞬一瞬を大事にして過ごしていきたいです。」
Chapter 5
新しい舞台で奏でる、希望の音色。
最後に、演劇・舞台の世界に入り、これからやってみたいことを伺った。
「どういう形であれ、被災地に足を運んで上演を支え、東北に貢献したいです。ただ、震災を通して自分が一番学べたと思うのは、自分がしたいことができている日々を幸せに感じることなので、まずは、しっかりと与えられた仕事を成し遂げていくことから始めていきたいです。演劇・舞台の世界は知らないことばかりなので、ゼロからのスタートにワクワクしている反面、その分いろいろな壁にぶち当たると思うんですが(笑)。それでも、これまで自分を支えてきてくれた友達や、これから出会う人たち、いろいろな人との関りを大切にして、支え合って、楽しんで仕事ができれば、それが一番かなと思っています。」
今、目の前にあることを楽しみ、全力になる。その積み重ねが、より良い未来をつくっていくのかもしれない。次のステージに向かう彼女の希望の音色は、これから益々力強く響いていき、多くの人の心を前に向けてくれるのだろう。