STORY 02.
黒須菜月 × 髙橋佳寿美 × 渡邉晴香
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黒須 菜月
くろす なつき - 福島県出身、22歳。東北ユースオーケストラ一期生。クラリネット担当。普段は趣味でピアノも弾いている。
福島県立医科大学の看護学部に所属し、4月からは福島県の保健師として働く予定。
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黒須 菜月
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髙橋 佳寿美
たかはし かすみ - 福島県出身、22歳。東北ユースオーケストラ一期生。フルートを担当。黒須さんとは幼少のころからの仲で、一緒に震災を体験した。
山形大学の医学部看護学科に所属し、4月からは看護師として宮城県で働く予定。
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髙橋 佳寿美
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渡邉 晴香
わたなべ はるか - 福島県出身、22歳。東北ユースオーケストラ三期生。コントラバスを担当し、黒須さんと同じく福島県立医科大学の看護学部に所属。
4月からは看護師として福島県で働く予定。
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渡邉 晴香
Chapter 1
新社会人として医療の世界へ。
2021年3月。震災から10年が経つこの3月に「東北ユースオーケストラ」(以下、TYO)は、定期演奏会を行う予定だった。
コロナ禍での開催方法をTYOが模索する中で、黒須 菜月さん、髙橋 佳寿美さん、渡邉 晴香さんの3人は、東京公演への出演を諦め、感染症対策をサポートする立場を自発的に申し出ていたという。
彼女たちは4月から、看護師・保健師として医療の道にそれぞれ進む。TYOでの活動に懸命に取り組んできた彼女たちが、これから従事する仕事への使命と向き合い、自分たちが今するべきことは何かと考えての行動だった。
結果的に演奏会は中止となってしまったが、震災から10年の時間を経て、より多くの人の心に寄り添うことを決めた彼女たちの想いはぶれない。そんな菜月さん、佳寿美さん、晴香さんに、TYOで得た経験やこれからに向けた想いについて、リモートでお話を伺った。
Chapter 2
10年経って、今感じること。
震災から10年という節目に社会人としてのステージに立つ3人。
この10年を振り返って、晴香さんは東北の復興と自身の変化についてこう語る。「福島県の内陸部では建物の復旧などが進んでいますが、被害が大きかった浜通りの方は人が暮らしていくのにまだ時間がかかる地域があったり、同じ県内であっても復興状況はさまざまです。当然、同じ“復興”という言葉でも、考え方や受け止め方は人それぞれ。自分が10年経っても震災について深く考える機会があるのはTYOに入ったからこその変化だと思いますが、例えば復興について考えるときには、自分の物差しだけでなく、違う考えを持つ人のことも理解していく必要があるのかなと感じています。」
また、この10年はあっという間だったと話す菜月さんは、人とのつながりを強く意識するようになったという。「震災自体は悲しい経験なのですが、それがきっかけでつながっていく縁もあると感じています。当時小学生だった私がここまで成長できたのは、福島の地で私たちを守ってくれた大人がいたからですし、地域の温かさがあったからこそ、安心して過ごせたと思っています。10年経って、今度は私が守る側の立場になっていくんだろうから、与えていただいた分を返していけるような大人になっていきたいと思います。」
Chapter 3
一人一人と向き合い、受け入れる。
小さいころから看護師になりたかった佳寿美さんは、TYOの活動を通して、ある気づきがあったそうだ。「有志の演奏活動で南三陸に行く機会がありました。有志演奏会は演奏が終わった後に直接お話をお聞きしたり、ハッピーバースデーの曲を演奏して誕生日の方をお祝いしたり、お客さんとの距離が近いのですが、その場で同じ時間、同じ体験を共有することでしか得られないものがあるんだなと、すごく印象に残っています。」
また、晴香さんもさまざまな人と話すことのできたTYOでの経験をこれから活かしたいと話してくれた。「震災ひとつとっても人によって受け止め方が違うと感じる中で、一人一人にちゃんと向き合うことが看護では大事だという思いが強くなりました。働く仲間、患者さん、みんなそれぞれ考え方は違うと思うんですが、だからこそ相手を尊重し、心に寄り添える看護師になりたいと思っています。」
東北の心の復興に向けて活動するTYOでの経験は、彼女たち自身に考え方の変化をもたらし、未来に向けた確かな糧となっている。
Chapter 4
生まれ育った、福島への想い。
インタビュー中も仲良く談笑しながら応えてくれる3人。だが、佳寿美さん、晴香さんが看護師の道に進む一方で、菜月さんは保健師の道を選んだ。
「福島で育ってきたから地元に貢献していきたい、その想いが一番です。病院でいくら治療をしたとしても、戻る先はその人が暮らす地域だなっていうことをとても感じていて、地域で安心して生活できる、人と人とがつながっていける環境をつくれるのが保健師さんなのでは、という思いが大きくなり、私は保健師としての道を選びました。当事者として今まで福島に向き合ってきたからこそ、地元で学んだ意味を活かしていけるのではと思っています。」
宮城県の病院で看護師の道に進む佳寿美さんも、地元福島県への思いをこう話してくれた。「私も福島県と宮城県の病院で進路を迷いましたが、看護師としていろいろな経験をしたいと思い、大きな病院である宮城県の病院で働くことを決めました。でも、将来的には生まれ育った福島に貢献できるような看護師になりたいと考えています。」
自分自身がどうやって地域に貢献できるかを考えてきた彼女たち。心に寄り添い、安心を届ける経験をしていくことで、きっと3人はまた大きく成長していけるはずだ。
Chapter 5
絆を大切にして奏でる、希望の音色。
最後に、これからの10年に向けた想いについて3人に伺った。
菜月さん「多分10年後は、後輩もできてしっかり働いているような時期だと思うのですが、今の私が感じていることも大事に抱えながら、自分自身の正直な気持ちと向き合うことを忘れずに、人との縁を大切にして、目の前の人に対して誠実でありたいなと思います。」
佳寿美さん「震災直後から今までずっと、両親、地域の方、みんなが見守ってくれて、支えてくれたから今があるんだろうなって、すごく感じています。まずは宮城県の病院でいろいろなことを吸収したいです。その経験を活かして、もし福島県に貢献できる機会があれば。」
晴香さん「震災、感染症の流行。これからも予想もつかないことが何かしらの形で起こってしまうと思うのですが、そうであっても状況を無理に飲み込もうとせず、その時その時の自分のあり方を大切にしたいです。また、10年経ったら看護師としても中堅以上の立場になると思うので、今の自分のように考えが整理できていない後輩がいたら、近くにいてあげられる存在になりたいです。」
困難という壁を前にしたとき、そこに寄り添ってくれる人がいるだけで人は強くなれる。未来に向かって羽ばたく彼女らは、人と人との絆を大切にしながら、それぞれの未来に向かって希望の音色を奏でていくことだろう。