肢体不自由のある方が自立した生活が送れるようにと介助犬の育成と普及に励む「社会福祉法人 日本介助犬協会」。2002年に「身体障害者補助犬法」が施行され、公共施設などで介助犬の受け入れが認められたが、未だ認知度は低い。そんな現状について、水上さんの思いを伺った。「難しいのは、障がいが軽いと、介助犬がいなくてもまだがんばれると思ってしまい、重いと犬の世話をできないと思ってしまうこと。社会に出たいと願う方であれば介助犬を持てる可能性があること、心配事はチームでサポートすることを知っていただけるように、もっと広報活動に力を入れていかなければ、と思っています」。
介助犬訓練士の目的は、介助犬を育てるだけではなく、介助犬を通じて利用者の目標を叶えることだ。水上さんはその目標が叶えられた瞬間に一番やりがいを感じるのだと言う。「当初、1人でコンビニに行くことが目標だったのに、問題を1つずつクリアしていったら、新幹線に乗って遠方まで行かれるようになり、さらには、車の運転免許まで取得してしまった、なんていう方もいるんですよ」と水上さんはうれしそうに笑顔で語った。
介助犬は、1歳までボランティアの家庭で育てられた後、訓練が開始。座る、待つなどの「基本訓練」、物を拾ったり、取ってくるなどの「介助作業訓練」、電車に乗ったり、社会参加するための「パブリック訓練」を受け、利用者の方が決まる。そこからまた、利用者が必要とする作業を追加訓練として受けた後にペアで国の認定試験にのぞみ、合格すると晴れて介助犬に認定されるという流れだ。きめ細やかな作業をどう身につけさせるのか、ポイントを伺った。「作業を楽しいと思わせることです。私たちも無理矢理作業をさせたくないですし、犬には、楽しいことは覚えて、嫌なことはしなくなるという習性があります。宝探しゲームの延長線上に、携帯電話を探す作業があるなど、楽しく学べるように工夫をしているんです。できたら『上手だね〜!』って、盛り上げて(笑)」。愛情を持って接し、褒めて伸ばす育て方が優秀な介助犬の育成につながるという訳だ。
串田さんは、20年ほど前、事故によって頚椎を骨折。以来、四肢に麻痺が残った。特に不自由を感じるようになったのは、同居している子どもたちが就職し、一人で過ごす時間が増えた頃。そんなとき、出かけた国際福祉機器展で介助犬のことを知った。「夜、寝ているとき、暑いなぁと思っても布団がめくれないんです。 それが、長年の悩みでした。介助犬の話を伺うと、布団をめくるといったこともしてくれると聞いたので、それで介助犬のサポートを受けようと決めたんです」。そうして介助犬のラリーくんと暮らしはじめた串田さん。最初は本当にサポートしてくれるのか不安もあったそうです。「初めは半信半疑でした。けれど見事にやってくれましたね。暑いなぁと思っても、気をつかって家族やヘルパーさんに頼みにくいこともある。けれど介助犬なら、すぐに行動してくれて、とてもありがたいです」。望むことがすぐにお願いできない、お願いするために気を使う、そんなフラストレーションを解消してくれるのも介助犬ならではの魅力なのだ。
ラリーくんと暮らし始めて数年が経ち、串田さんは、ラリーくんとの関係性が当初と変わってきたと語る。「ラリーは始め、私にとってヘルパーさんのような存在でした。介助犬と暮らすからには、家にこもってばかりいないで散歩に連れていかなければいけない。そんなところからスタートして、今では同じように悩んでいる方を助けたいと、社会福祉法人を経営するまでになりました。それから、介助犬の利用者として、格好悪い姿を見せられないぞ、という思いもありました。介助犬をリードして、社会の中できちんと生活していく。利用者としての義務を果たすことは、私自身の社会性が鍛えられることでもあったんです」。今の串田さんにとって、ラリーくんの存在はどのようなものなのか。「ひとことで言うと、私を社会に出ようと奮い立たせてくれる、“心のジャンプ台”です」。傍らで静かに待機しているラリーくんを見て、串田さんは微笑んだ。