東北ユースオーケストラ×JA共済 SPECIAL SITE

東北ユースオーケストラそれぞれのストーリー

STORY 01.

世代を超えて、受け継がれる想い

塘英純 × 三浦瑞穂 × 渡邉颯太

  • 塘 英純
    つつみ えいじゅん
    19歳。東北ユースオーケストラ一期生。中学生のころから作曲活動を行い、坂本龍一氏の後輩となる東京藝術大学に進学。
    大学では音楽学部作曲科に所属し、東北ユースオーケストラのパーカッション担当。
  • 三浦 瑞穂
    みうら みずほ
    19歳。東北ユースオーケストラ二期生。塘さんと同様に、東北ユースオーケストラのパーカッション担当。
    宮城県気仙沼市で幼少の頃を過ごし、現在は福島大学の人間発達文化学類芸術表現コースに所属。
  • 渡邉 颯太
    わたなべ そうた
    11歳。東北ユースオーケストラ五期生。福島大学付属小学校5年生。震災当時は1歳だったため、震災の記憶はほとんどない。
    ヴィオラ担当で、現在の東北ユースオーケストラ最年少のメンバー。

Chapter 1

あの日から10年。

2011年3月11日 東日本大震災。多くの人たちの生活を一変させたあの出来事から10年が経つ。
東日本大震災に端を発し、被災三県(岩手県・宮城県・福島県)の子どもたちを中心メンバーとした「東北ユースオーケストラ」(以下、TYO)もまた、この10年を経て少しずつ変化を重ねている。音楽を通して震災の痛みを乗り越え、東北全体を元気づけるべく活動を開始したTYOだが、10年の月日が経つ中で、当時の記憶をもたない新たな世代のメンバーも徐々に入団するようになってきたのだ。
今回は、そんな10年の中での変化や、それぞれが感じる想いについて、震災当時1歳だった渡邉 颯太さんと、今年で20歳を迎える塘 英純さん、三浦 瑞穂さんの3名にお話を伺った。

Chapter 2

助け合い、つながった日々。

TYOの最年少の団員は渡邉颯太さん。11歳の小学5年生だ。つまり、東日本大震災当時は、生まれたばかりで当時の記憶はほとんどないという。「家族の話や授業から震災当時の様子を学びました。お水が出ない、お風呂も入れない、食べ物がない。今では当たり前のことができない状況だったと何度も聞き、その当時は大変だったんだなと感じています。」と颯太さん。颯太さんの父である豊さんは、「息子はほとんど覚えていないので、少し大きくなってから震災当時の写真をタブレットで見せ、話をしました。ご近所さんで井戸水を使っている方がみんなに分けてくれたり、お米屋さんがお米を分けてくれたりと、地域のつながりの中で助け合って、過ごしていたのを覚えています。」

Chapter 3

20歳を前に感じる、変化。

気仙沼市出身で今年20歳を迎える三浦瑞穂さんは、震災から数年後にTYOに入り、それまでと震災への向き合い方が変化したという。「TYOに参加するまで、震災のことを話題にするのはタブーだと思っていました。人によって被害の状況も違うので、私が話すことで当時を思い出してつらい思いをしたり、意図しない形で傷つけたりしてしまうことを恐れていたのですが、震災のことを直に知っている人、被害を受けた人が語らなければ、震災の本当の怖さが伝わらなくなってしまう、被害がどうあれ後世に語り継ぐべきだという話をTYOの活動を通じて聞く機会があり、その通りだと思いました。この出来事をきっかけに、私も震災のことを話す機会があれば積極的に話したい、自分から発信する術はないかという考え方に変わりました。」
同じく20歳を迎える塘英純さんも、こう話す。「最近は震災のことを覚えていないメンバーが入ってくることが増え、震災の体験をどう伝えていくかを考えるきっかけになりました。10年も経つと、3.11で様変わりした風景も少しずつ元に戻ってきましたが、3.11を風化させないようにするためには、体験した人の記憶を語り継ぐことがこれから重要になっていくのかなと感じています。」

Chapter 4

風化させないために、できること。

11歳の颯太さんと、今年20歳を迎える英純さん、瑞穂さん。約10歳の差があるメンバー同士が気軽に話すことができるのも、TYOの魅力の一つだ。
だが、そうした交流があるからこそ、年齢差による震災の記憶の違いにも気づく。
瑞穂さんは、こう話す。「中学二年生の弟が気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館で語り部をしていますが、弟の年齢でも当時の記憶は薄れつつあり、颯太くんと同世代の子であればなおのことわからないんだろうと感じています。震災にルーツがある楽団なのに数年後のTYOが震災のことを誰も知らないというのは悲しいですし、折に触れてこうやって震災について話すことにも意義がある気がしますね。」
また、英純さんも、こう続ける。「TYOが3.11を起点に持っている楽団だからこそ、TYOが存続しているだけでも、3.11の記憶の風化を食い止める役割っていうのを果たし続けているのかなっていう風には思います。」
時間は、誰に対しても平等に流れるもの。震災から10年経ち、未来に向かって歩みを進める中でTYOから得た経験は、東北の「本当の意味での復興」を考え続ける彼らの想いを大きく成長させてくれた。

Chapter 5

希望の音色は、その先へ。

最後に、三人はこれからの夢を話してくれた。
颯太さん「もっとヴィオラが上手くなるように色んな曲に挑戦して、多くの人の前で演奏してみたいです。」
瑞穂さん「大学生のうちは震災のことも含め、多くのことを学び、吸収し、卒業後は音楽の先生になりたいです。また、地元にも貢献していきたいと考えています。」
英純さん「中学生から作曲活動を続けているので、大学やTYO、そのほかさまざまな活動から見聞の幅を広げ、作曲活動の糧にしていきたいです。そして、ゆくゆくは作曲家として生きていきたいです。」
あれから10年が経ち、多くのことが変化する中で言えるのは、どんな困難も希望を壊すことはできないということだ。きっとこれからも彼らは、仲間と共に助け合う絆を大切にしながら、それぞれの未来に向かって希望の音色を奏でていくことだろう。

MOVIE

動画でもインタビューをご覧いただけます。ぜひご覧ください。

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